ふくしまの空から

主に野鳥の話、ひとりごと。

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かなしいできごとはもう

 15, 2016 23:25
深夜に知った熊本の地震のニュース。

テレビは点いていても、見ていたのは録画した番組。
見終わった瞬間に目に飛び込んできた、震度7。

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亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、
被災した地域の皆様が、一日も早く日常に戻れることを心からお祈りしています。

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東日本大震災の被災地域に住む身としては、その時の恐怖は、何かにつけ思い出す。
初めて震度6を経験した。

それなのに、恐かったことは忘れないんだけど、日が経つにつれて、どこか「あれほどのことはもうないだろう」と思ってしまっているところもある。

地震警報を通知してくれる携帯の充電切れなんてもってのほか!
だったのに、、、今ではスマホ放置したり、充電切れの時もある。(-_-;)

あの震災の直後一年くらいは、常に緊張して生活していた。

福島第一原発の四号機の燃料棒の取り出しが終わるまでは、祈るように暮らした。
いつでも車で避難出来るように、家族三人3日間は車中に籠城できる準備をしていた。
(食料、水、トイレ、オムツ、着替え、防護服、ゴーグル、マスクなど)
今も、押し入れに入っている。
これからも使うことが無いことを祈るばかりだ。

ほんと、いろいろ辛かった。💧


避難のシミュレーションもしていた。
当時は年老いた母も自宅にいたので、自宅で被災し津波警報がでたら、母は歩くのが遅いからおんぶしてあそこに避難とか。その前におんぶ紐も買っておこうとか。

「万が一、あの美容室にいる時に津波警報がでたら、あのビルに避難」
「あの歯科で治療中に津波警報がでたら、あそこを通って高台へ」など。

こういうこともたまに思って、忘れないでおかなくては。


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